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甘噛みの加減

「甘噛みの加減」を教えることは大事なことですが、それがうまくいかない『ケン太』のケースをご紹介しましょう。ケン太の甘噛みはパンパではありませんでした。あいさつをしてみようと手を出した瞬間にガブリ。

牙が刺さり、私の手からは血が。悪気はなく、とても喜んでいるのですが、まだ鋭い乳歯で加減なく噛みついてくるので、簡単に皮膚が破れます! 中途半端によけても、飛んだり跳ねたりして手に噛みつこうとし、届かないとわかると足に、という具合でどこにでも噛みついてきました。今までたくさんの犬たちと出会ってきましたが、ケン太は今でも「甘噛み犬ナンバー1」です。

飼い主さんは、ケン太が初めて飼う犬だそうです。ケン太と出会ったペットショップは、いわゆる悪徳ショップと言ってもいいでしょう。同じ店にいたケン太の同胎犬のメスは、飼い主さんが連れ帰ったその日からぐったりし、3日後に亡くなりました。店のお抱えの獣医師によると、胃炎?と診断されたそうです。じつはこの件は裁判になり、資料提出には私も協力したのですが、飼い主さんが勝訴されました。当時ではたいへん珍しかったのですが、最近では飼い主さん側が有利になることも増えてきているようです。

そんなショップから救いたい!という思いのもと迎えたケン太ですが、出勤するときにもスーツの裾に噛みつくため、朝食は下着のままリビングで済ませ、玄関でスーツに着替えて出勤するとのことでした。

そんなふうに犬を優先してはしつけの基礎が築けないので、朝はケン太をハウスに入れるようアドバイスすると、飼い主さんは「朝は時間がないので、少しでも出してやりたくて」とおっしやいます。時間に余裕がない朝は、飼い主さんが慌てれば慌てるほど犬にとっては楽しい動きになってしまいます。飛びつかれて「やめて!」などと悲鳴をあげれば、犬はますます興奮します。だって、楽しすぎますから。

もっとケン太の行動をコントロールすべきで、「都合のいい女」になってはいけません。今のままでは、「ケン太王子」のご気分がよろしいときには言うことを聞いてもらえても、やりたくないときには従ってもらえなくなる危険性があります。

ということで、飼い主さんとケン太の理想の関係を作るためのベース作りをすることにしました。まずは飼い主さんの意識改革が大事です。そこで私は、かの有名なスポ根テニスマンガの登場人物・お蝶夫人を例にあげることにしました。

「よくってよ、ひろみ」。私は、お蝶夫人のこのセリフが大好きです。ひろみというのは、彼女に憧れるテニス部員の名前です。彼女がひろみと会話するときは、かなり「上から目線」なんですが、いやらしい感じがしないんです。これは、ひろみがお蝶夫人に憧れているということや、お蝶夫人もひろみをかわいがっており、やさしく見守ったり、時には厳しく指導したりしてひろみの成長に尽力している、という関係からくるものだと思うのです。愛情が感じられる理想の関係だと思っています。

飼い主さんには、お蝶夫人風にケン太と向き合ってもらうようお願いしました。「オスワリをなさい、ケン太!」「よくできたわね、ごほうびをあげましょう」「できないのですか? では、ごはんはあげなくってよ」

これが飼い主さんにはハマったようで、とても気に入ってくださいました。

しつけにはこのようなお蝶夫人風の態度が大事になるのです。

訓練所で学んだ犬の体罰トレーニング

私が実際に経験した、訓練所が開設する訓練士養成アカデミーでのことを、誇張することなくありのままにお伝えしたいと思います。

その学校は都会の真ん中にあり、ガラス張りのエントランスの中では、ジャーマン・シェパード・ドッグが悠々と伏せて寝ていました。その様子を私は毎日感動して眺めていました。

ふだんは先輩トレーナーたちが教えてくれるのですが、たまに校長が指導をしてくれることもありました。最初に校長の技術を見たときには、鳥肌が立ちました。それはまさに、技術というより芸術。校長が指示を出すと、どの犬もまるで魔法にかかったように、素早く美しく指示に従うのです。校長が体を1~2m動かすだけで指示を理解し従う犬たちを見て、自分ちその技術をぜUとも身に着けたいと思いました。

ところが、その学習をさせるために用いられていた手段は、犬を手でたたく、本っ端でたたく、蹴る、棒で突く、チェーンカラーで吊り上げる、リードで打つといったことでした。怖いもので、その方法が正しいと教え込まれた私は、疑問を抱くことなくそれらの手段を実行してしまっていました。

もちろん、訓練所で学んだことには、役立つものもたくさんあります。五感をすべて集中させる繊細なトレーニングを経験してきたことは、自分の技術を高めることになりましたし、それ以上に気持ちで犬と付き合うことの難しさ、大切さを実感することになりました。今の私に、飼い主さんの犬を観察する力があるとすれば、それはあのころ犬たちと精神的なパドルを毎日真剣にこなしてきたことがベースになっていると思います。そして、行動学などの知識が身に着いていくほど、体で感じた犬だちとの会話の重要性を改めて実感するのです。

当時、訓練所の校長の口癖は「犬と会話をしなさい」でした。今やっと、校長が言っていた意味が少しだけ理解できるようになったと感じます。

小さな疑問を感じながらも、訓練所の卒業試験には無事合格。ライセンスを取得して研修を終えた後、そのまま訓練所に勤め始めたのですが、2年が過ぎたころ壁にぷち当たりました。なかなか上達できずに苦しんでいる私に向かって、ある先輩がこんなことを言いました。

「犬が好きな人はいい訓練士になれない。犬が嫌いな人ほどいい訓練士になれる。努力しても上達できないなら、訓練士なんかやめたら?」

その先輩の顔ほどでも恐ろしく、ハッと目が覚めたのを感じました。

「何かが間違っている。私はここにいてはいけない。」

そんな気持ちが心の奥底から突き上げてさて、大人気ないことに次の日から訓練所に行くのをやめてしまいました。お給料ももらわず訓練所から逃げ出してしまったのです。

退所後、オーストラリアに渡り、そこの訓練所に入りました。

その訓練所で食べもので誘導して犬に行動させるという「陽性強化」のトレーニング方法を学んだ今では、体罰を使っていたあのころを後悔するばかりです。

体罰がすべていけないと言うつもりはないのですが、今では体罰なしで良い関係が作れることがわかりました。むしろ、なしのほうが良い関係が忤れることも明らかです。自宅で生まれた愛犬の柴犬に関しては、溺愛して甘やがし放題なのに、飼い主はもちろん、他人に迷惑をかけるような柴犬には育っていない……と思います。

オーストラリアのスタッフと話をしていたとき、体罰を使って訓練をしてさてしまったことを恥じる私に、教育担当のスタッフが「誰にだって間違いはある。でもあなたはよく気付いた。気付けな裙ったら、さっと今でも過ちを繰り返していたでしょう」と励ましてくれました。皮肉にも、訓練所の先輩の怖い顔、吐き出された言葉が私を救ってくれたのです。

やっぱり私は、犬が大好きです。